『讃岐うどん界のダ・ヴィンチ』ひとっさんとは!?

近代讃岐うどんの父、宮武等の哲学

粉屋から始まった宮武讃岐製麺所の歴史は、近代讃岐うどんの歴史と歩みを共にします。そこには、哲学者であり、発明家でもあった『宮武等』という人物の登場があったのです。

メリケン粉に人生を賭した男

セルフの祖、せいろ卸売の祖

『ひとっさん』は、自らがこだわって作り上げた讃岐うどんを、どうすればより多くの人に、より美味しい状態で食べてもらえるかをテーマとして考えるようになりました。
その答えの一つが、『うどん玉をせいろで近所の食料品店に卸売する』です。
戦後間もない当時としては、画期的な方法であり、それ以降、讃岐うどんの販売方法としては最もポピュラーなものとなりました。

そして、もうひとつの答えが『セルフ形式』です。
今では「讃岐うどん店=セルフ形式」というイメージが定着していますが、そのきっかけとなったのが、昭和56年に営業を開始した『まごころ』なのです。
私たちは、今でも『まごころ』と『いきいきうどん』で、お客様のお好みで麺を温めるという、昔ながらのセルフ形式を踏襲しています。

発明家として

『ひとっさん』はまた優れた発明家でもありました。フットロール(圧延機)麺帯熟成機自動玉洗い機、せいろを自動で重ねるパレタイザーなど、「美味しいうどん」のための機械や装置を自ら次々に考案しました。それらは時代を重ねると共に、より高性能で安全性の高いものへと発展してきましたが、その根本となる設計思想は未だに変わらず生き続けています。

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ひとっさんの人柄

『ひとっさん』は讃岐うどんを作り続けて60余年、その人生の全てをメリケン粉と讃岐うどんに賭してきたと言っても過言ではありません。『ひとっさん』自身は、その事実から想像できる人物像そのままの、『職人気質あふれる頑固おやじ』でした。その一方で孫のさっちゃんにはからきし弱いという、まさに不器用で実直な『昭和のおやじ』が、『ひとっさん』こと宮武等その人です。また、うどん哲学を語らせれば、比肩するものはなく、またその業績から、近代讃岐うどんの生き字引と言える人物でした。

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ひとっさんのさぬきうどん

宮武讃岐製麺所では、『ひとっさん』が作り上げた讃岐うどんを全国の皆様にお届けするために、オンラインショップや『いきいきうどん』『まごころ』のお土産コーナー等で『ひとっさんのさぬきうどん』を販売しております。本格讃岐うどんでありながら、どこか懐かしい“あの時代”を感じさせてくれるおうどんを是非お試しください。

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